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06

06


 その夜、少し久しぶりにギターに触った。
 久しぶりだったが、指使いなどは案外覚えているんだな、と崇は思った。一曲弾けた。なんだかそれだけですごくうれしくなった。

「あんた、そんなんより勉強はしてんのかね」

 食事の時に母親が苦笑する。
 「うっさいなあ」と崇は小さく言った。

「あと一年したら受験なんだからね」

 姉がその横で「そうよお」と言った。
 崇は「わかってんよ」と言ってご飯をかきこんで自室に戻った。


 翌日の教室。
 休憩時間、斜め後ろに座る綾を振り返ると、綾は無地のノートにコードを書いていた。聞いたことのない歌――崇は思う。

「ギターコード?」

 崇は聞いた。
 綾は顔を上げる。

「そうだよ」
「自分で作ったとか?」
「うん」
「すげーな」

 思わず感銘した声を上げる。

「自分で歌とか作れるんだ?」
「まあ。あまり大したのは出来んけど」
「すげーな」
「そう?」

 綾は小さく笑った。

「いつか、自分の作った歌を、人前で歌うの夢なんだ」
「……」
「だから、ギターのコードとか、音階とか、いろんな表現方法を模索してるん。いつか、役に立つ日が来ると思うから」

 綾の表情に、思わず惚れ惚れとする。
 自分はその横に並んでいるのか?と思うと、何とも言えない気持ちになる。一人で歌っていたら?もしくはほかの誰かと歌っていたら?

「藤瀬君ってさ」

 綾が切り出した。

「最近、安藤さんと仲いいん?」

 心臓が高鳴ったことが自分でわかった。
 後ろめたいことはないが、心臓がバクバクと音を立てている。

「な、なんで」
「前、一緒に帰ってるところ見えた」

 綾は特に何とも思っていないような表情で淡々と言う。
 そのことが崇にとって深い傷となった。自分のことを、何とも思っていないような――

「……もしさぁ」

 綾の目をまっすぐ見ようとして、だけど見られなかった。
 少し、目をそらしてしまう。

「仲いいって言ったら、どうする?」

 何気ない問い。
 崇は緊張していた。
 綾は表情を変えない。

「どうするって?」
「……いや、何も」

 顔をそむけた。
 綾は何言っているのかわからないというような表情だった。

 特に、何も思っていないんだろうな。

 彼女にどう反応してほしかったか、なんて。
 言えない。決して、言わない。

 深い淵に落とされたような、そんな気分だった。

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