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「どうしたの井上さん」

 仕事が終わった時、ふと麻生が声をかけた。
 胡桃は思わず心臓が高鳴った。表情が引きつっているような気がした。

 胡桃が言葉をのんでいるうちに、麻生は続ける。

「なんか、悩み事か?」
「い、いえ」

 胡桃は思わず顔を抑えて何度も瞬きした。
 冷静さを装わなければいけない。だけど、装うことが出来ない。

「以前は、すみませんでした」
「以前?」
「その、みっともないところお見せして……」

 顔を赤くして言う胡桃に、麻生は笑った。

「それぐらい」

 胡桃は赤面したまま顔を上げられなかった。

「だけど、業績が落ちてきてるのはちょっと気になるね」

 麻生が表情を戻して口を結ぶ。

「悩んでもね、仕事に影響は出してはいけない」
「はい」

 胡桃はしっかりとした声で答える。

 胡桃は不思議ともやもやを感じなかった。

「井上さん」
「はい?」
「もしかして、何度か食事に誘ったことで困ってたりはしないか?」

 麻生は口を結んでいたが、上司の顔ではなかった。

「そ、そんなことはないです」

 胡桃は思わずうろたえた。

「困っていたら、私もついていきません」
「そう?ならいいんだけど」

 麻生は小さく笑った。そしてその後に「無理はするなよ」と言った。
 胡桃は困惑し、ただ立ち尽くした。


 (2012.12.30 修正)

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