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04
営業終了後の車内。
会社へ向かう道を軽自動車が走る。すっかり夜も遅い。
「お疲れさま、井上さん」
麻生が運転しながら声をかける。
助手席に座る胡桃は「お疲れさまです」と言った。
「まあ、大変だったねえ」
「そうですね」
営業回りのことが頭をかすめ、二人は小さく笑った。
「なんで俺らに任すかね」
麻生の言葉に、胡桃は「あはは」と乾いた声で笑った。
「でも、井上さん最近いい感じじゃないか?」
「そ、そうですか?」
「結構上のほうでも評判いいし」
「は、初めて聞きました……」
赤面してうつむく胡桃に、麻生は笑って「まあ言わないよな」と言った。
「俺も、井上さんのことはいいと思ってるよ」
小さく笑みを浮かべる麻生に、胡桃は振り返った。
「どういう……」
「まあ、その調子で頑張って」
そう言って、車内の会話は途切れた。
*****
家についたのは深夜。
胡桃は大きくため息を吐いた。
(やっぱ苦手だあ)
心労がいつもより重いことに気づく。
ドアを開けようとすると、隣の部屋から藤里が出てきてギョッとする。
「藤里君?」
「おお、井上さん。ここに越したんか」
藤里が笑う。顔がくしゃっとなった笑顔だった。
「なんでこんなとこに?」
「なんでって、井上さんの横は羽村ん家だもん。今日はバイトないし遊び来てたん」
羽村、羽村――
浮かべようとするがなかなか浮かんでこない。
「井上さん、羽村んこと覚えてねえか?羽村健治」
「……あっ」
脳裡に浮かんだ。
羽村健治。
素朴で優しいサッカー少年だった。
胡桃は思わず頭を抱えた。
あの酔っ払いが、羽村健治――
「ショックなんか。確かに面影あまりなくなったけど」
頭を抱える胡桃に、藤里が笑った。
「ショックと言うか、なんというか……」
胡桃が苦笑する。
「ごめん、とりあえず帰る」
「おう。お疲れ」
胡桃は不安定な足取りで部屋に戻る。
明日が休みでよかった、と思った。
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