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 その日は、雨が降っていた。
 引越しの日に雨が降ってるなんてついてない、と胡桃は苦笑した。
 平日ど真ん中の引っ越しに、昼間手伝いに来ていた母親が「変わりもんだよね」と笑い、胡桃は「うるさいよ」と小さく笑った。

「……買い物行くかあ」

 朝から何も食べていなかったことを思い出した。確かにおなかが鳴っている。
 財布を持って、夜の街を歩く。
 手近なコンビニまで歩く。
 傘をさしても少し濡れるぐらい、雨脚が強くなっていた。

「いらっしゃいませえ」

 夜遅いコンビニは、ほかに男性客が立ち読みしているぐらいで誰もいない。
 簡単に二品ほど選んで胡桃はレジに並んだ。

 店員の名札を見る。

「……藤里君?もしかして、朝倉小の藤里君だよね?」
「井上さんか?」

 男性店員がちらっと見ると、胡桃は表情が明るくなった。

「元気にやってんだねえ」

 胡桃が笑うと藤里も笑った。

「井上さんってここらの人だっけ」
「引っ越してきたん。藤里君はここらに住んでるん?」
「高校卒業したぐらいかなあ」
「そっかあ。ほんと久しぶりだね」

 胡桃が目を細めて言う。藤里の表情がほころんだ。

「でも、ここらは変な人ばっかやし、気ぃつけよ」
「変な人?」
「襲われんようにね」
「……さっさと帰るわ」

 胡桃が表情が引きつるように小さく笑う。
 そして店を出た。


 コンビニの袋を下げながら夜道を歩く。

(……道端で寝てるよ)

 道端に、大の字になって横たわる男性を横目で見る。顔が赤く、寝言のような独語が続く。酔っ払いだな、と胡桃は思った。
 変質者その一、か。
 胡桃はそのまま歩きながらかすかに小さく苦笑する。
 次の日は仕事じゃないのだろうか、とか余計なことが浮かんだが、自分には関係ないことだと思い、そのまままっすぐ帰路へついた。

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